旧式のOS、ブラウザでご利用になっています。
最新のOS、ブラウザにアップデートしてください。

siyaku blog

ー 研究の最前線、テクニカルレポート、
実験のコツなどを幅広く紹介します。 ー

【特別講座】次世代 LIB 用高容量 Si 系負極における架橋型ポリアクリル酸バインダーの効果

本記事は、OrganicSquare No.55 (2016年3月号)において、東京理科大学 駒場 慎一 様に執筆いただいたものです。

LIB_550.jpg

はじめに

小型の携帯機器などに現在広く普及しているリチウムイオン電池(LIB)を電気自動車や大型蓄電デバイスに適用するために、さらなる高エネルギー密度化が求められ、研究が進められている。負極活物質として黒鉛が一般的であるが、次世代材料として高容量シリコン系材料が注目されている 1)。シリコンを電気化学的に還元するとリチウムシリサイドが生成し、室温において黒鉛のおよそ 10 倍の理論容量(~3600mAh g-1)を示す。しかし充放電中の激しい体積変化や表面での電解液分解の影響が大きいために、十分な充放電寿命が得られないことが欠点として挙げられる。Fig.1 の模式図のように、充電過程においてシリコンはおよそ 3.7 倍まで体積が膨張するが、放電によってシリコン粒子が収縮すると、粒子が導電剤や集電体から剥離したり電気的に孤立するため安定な充放電が困難になることが知られている。org_55_01.png

LIB の電極材料においてバインダー(結着剤とも呼ぶ)とは、電極材料間およびそれらと集電体を接着させる「のり」の様なものである。そもそもバインダーは電池の充放電反応自体には関与せず、また絶縁性であるため、長年電池の材料研究においては脇役としての扱いがほとんどであった。我々の研究グループは、高出力・高容量 LIB の開発のために、電極活物質粉体の結着性と分散性の向上、さらには電極の不動態形成をも実現する「機能性バインダー」の系統的な研究に取り組んでいる。特に容量が大きく体積変化が問題となるシリコン系電極においてはバインダーがキーマテリアルであり、電極活物質が本来持っているポテンシャルを十分に引き出すための重要な電極材料の一つであることが広く認識されるようになってきた。

架橋型ポリアクリル酸バインダー

我々はこれまでに、LIB 用シリコン系負極の特性改善を目指し、バインダーとして従来のポリフッ化ビニリデン(PVdF)に代わり、ポリアクリル酸(PAH)に注目して一連の研究を行ってきた 2)-5)。電極は通常、シリコン粒子や黒鉛、カーボン系導電剤、バインダー高分子に適当な分散媒を加えてよく混合することによりスラリーを調製し、集電箔に均一に塗工し乾燥させることで作製する。ここで特に、PAH の官能基であるカルボキシル基をアルカリにより中和させ、電極スラリー中の PAH のコンフォメーションを制御し、適切なスラリー粘度を持たせることにより、材料の分散性やシリコンへの被覆性を高めることができ、電池特性が大幅に向上することを見出してきた 3),5)。本解説では、PAH バインダーの主鎖を共有結合により化学架橋し、さらにカルボキシル基の部分中和によってバインダーのコンフォメーションおよびレオロジー特性を制御した、シリコン系負極におけるさらなる電気化学特性向上への試みを紹介する。

実験の概要

PAH と、ポリエーテルを含むジアリル系化合物との共重合(Fig.2 参照)により主鎖を共有結合架橋した架橋型 PAH(CLPAH)を和光純薬工業社との共同研究で調製した 6)。架橋剤量はアクリル酸モノマー比で 0.007 mol%から 0.7 mol%まで変化させた。さらに、これらの CLPAH を 1 M の NaOH水溶液で 80%中和させた各 CLPAH0.2Na0.8 も作製し、Table1 に示すように、計 9 種類のバインダーを検討した。各 CLPAH の頭の数字は、0.007 mol%を 1 としたときの架橋剤量の比を表している。

1 wt%のバインダー水溶液を用い、シリコン(粒径 100 nm):黒鉛:アセチレンブラック(導電剤):バインダーを 3 : 5 : 1 : 1 の重量比となるように混合し、スラリーを調製した。集電体の銅箔上に塗布、乾燥したものを電極に用い、対極にリチウム箔を用いたコインセルにより定電流充放電試験による電池特性の評価を行った。org_55_02.png

Table1. Ratio of the cross-linker used in copolymerization of the PAH and PAH0.2Na0.8 binders.

Ratio of cross-linker / mol% Non-neutralized type Partially-neutralized type
0 PAH PAH0.2Na0.8
0.007 1CLPAH 1CLPAH0.2Na0.8
0.07 10CLPAH 10CLPAH0.2Na0.8
0.14 20CLPAH 20CLPAH0.2Na0.8
0.7 100CLPAH -

バインダーのレオロジーと電極表面形態

異なる架橋剤量のバインダー水溶液の粘性測定の結果を Fig.3 に示す 6)。グラフの横軸はせん断応力、縦軸はせん断速度である。せん断応力をせん断速度で除したものが粘性であり、図においては傾きの逆数が粘性である。架橋剤を用いていない PAH は低い粘性を示し、20CLPAH の架橋度までは、粘性の増大はわずかであるが、架橋剤量をさらに増やした 100CLPAH では大幅に上昇した。架橋型 PAH を 80%中和することでも粘性が増大するが、特に架橋度の増加に伴う粘性の上昇がより顕著に現れることがわかる。また中和型はせん断速度を上げると見かけの粘性が下がる性質を有し、チキソトロピー的な流動へと変化していることがわかる。org_55_03.png

PAH および例として 1CLPAH、10CLPAH とその中和体の水溶液中でのコンフォメーションの模式図を Fig.4 に示す。未中和 PAH は分子内水素結合により凝集した分子構造を持つために水溶液の流動抵抗が小さく、水溶液の粘性が低い。架橋構造が導入されるとポリマー鎖が伸長して流動抵抗の増加に伴って粘性も増大し、さらにそれを中和すると、隣接するカルボキシル基の分子内静電反発によって高分子鎖が徐々に伸びるために水溶液中の流動抵抗が増加して粘性がさらに増大する。ここで我々が 80 %の中和度にしているのは、ポリマーの 20 %未中和カルボキシル基間で水素結合を介した物理架橋を形成することで、ポリマー鎖が実質的に長くなり、完全中和体よりも粘性が高く、さらにスラリー乾燥時にゾルゲル転移を起こして多孔質な合剤層を得ることができるという知見によるものである 3), 5)org_55_04.png

ここで電極断面の走査型電子顕微鏡画像を Fig. 5 に示す。架橋のない PAH 電極は、電極内部に不均一で大きな空隙(点線部)が見られるが、架橋構造の導入により大きな空隙が減り、電極の均一性が向上している。そして架橋型 PAH を中和したバインダーによる電極では、上述の均一な多孔質構造を形成していることがわかる。org_55_05.png

電池特性の評価

これらのバインダーを用いた電極の、実際の電池特性の比較を行う。それぞれのバインダーによる電極の初回充放電曲線の比較を Fig.6(a)に示す。今回作製した電極の理論容量は約 1500 mAh g-1 であるが、ポリアクリル酸系バインダーでは、いずれも理論容量の約 70%にあたる 1000 mAh g-1 以上の放電容量を示し、従来の PVdF バインダーを用いた電極に比べて高い容量を示した。また初回のクーロン効率(100×放電容量/充電容量)は 20CLPAH0.2Na0.8 (77%)>10CLPAH (71%) >PAH (68%)>PVdF (59%)であり、特に架橋かつ中和型のバインダーが優れた値を示した 6)。これは Fig.6(b)の微分曲線からわかるように、ポリアクリル酸系バインダーの場合はいずれも PVdF に比べて、0.8 V 付近に見られる電解液分解由来の還元反応が抑制されていることに起因する。さらに、架橋かつ中和したバインダーでは特に効果的であることも読み取れる。org_55_06.png

各架橋度の架橋型 PAH 電極の繰り返し充放電時の放電容量変化を Fig.7(a)に示す。PAH に架橋を加えることにより、サイクル特性が向上し、特に初期の約 10 サイクルにおいて容量劣化を抑制している。10CLPAH は、架橋剤量の少ない 1CLPAH に比べてサイクル特性が大きく向上するが、架橋剤量をさらに増やした 20CLPAH や 100CLPAH の場合は特性が逆に低下している。この結果から、適切な架橋度に調整することにより優れた効果を発揮することがわかる。

そして、架橋型 PAH を中和することにより、Fig.7(b)に示すようにサイクル特性はさらに向上し、特に20CLPAH0.2Na0.8 のサンプルは最も高い特性を示した 6)。架橋型 PAH の中和はシリコン系電極のサイクル特性改善に効果的であることを見出した。org_55_07.png

これらの特性向上は、上述のようにポリアクリル酸系スラリーの適切な粘性による電極材料の分散性向上の効果に加え、部分中和によって、電極乾燥時のゾルゲル転移が適度な空隙(Fig.5)を与え、機械的強度の優れた電極合剤層の形成によるものである。すなわち、充放電に伴うシリコンの体積変化が合剤の多孔構造で緩衝され、安定な充放電が可能になったためと考えられる。さらに架橋の網目構造によるバインダーの材料被覆性の向上や、材料と集電体との強い結着性も影響しており、トータルとしてそれらのバランスが最も優れているのが 20CLPAH0.2Na0.8 という考察をしている。サイクル特性は適切な電解液添加剤の使用や測定電位範囲の変更によってさらに改善することが可能であり、現在のところ 1000 mAh g-1 以上の放電容量を~100 サイクル維持するまでに至っている 6)

今後の展望

LIB の性能向上を見据えた場合、使用するバインダーの選択や設計が非常に重要である。LIB 用新規電極活物質、さらにはナトリウムイオン電池やマグネシウム電池といった次世代蓄電池の開発が進む中で、バインダーの重要性は益々高まっている。その電極活性を十分に引き出すべく、バインダーはその注目度がさらに増していくと予想され、今後も次世代蓄電池の材料開発における最重要部材のひとつとして研究がいっそう活発化されると期待される。

参考文献

1) Obrovac, M. N. and Chevrier, V. L.: Chem. Rev., 114, 11444 (2014).
2) Komaba, S., Ozeki, T., Yabuuchi, N. and Shimomura, K.: Electrochemistry, 79, 6 (2011).
3) Han, Z. J., Yabuuchi, N., Shimomura, K., Murase, M., Yui, H. and Komaba, S.: Energ. Environ. Sci., 5, 9014 (2012).
4) Han, Z. J., Yabuuchi, N., Hashimoto, S., Sasaki, T. and Komaba, S.: Ecs. Electrochem. Lett., 2, A17 (2013).
5) Han, Z. J., Yamagiwa, K., Yabuuchi, N., Son, J. Y., Cui, Y. T., Oji, H., Kogure, A., Harada, T., Ishikawa, S., Aoki, Y. and Komaba, S.: Phys. Chem. Chem. Phys., 17, 3783 (2015).
6) Aoki, S., Han, Z. J., Yamagiwa, K., Yabuuchi, N., Murase, M., Okamoto, K., Kiyosu, T., Satoh, M. and Komaba, S.: J. Electrochem. Soc., 162, A2245 (2015).

関連タグ

キーワード検索

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ

2018年
01月
2017年
12月 10月 07月 04月 01月
2016年
11月 10月 09月 07月 06月 04月 03月 01月
2015年
12月 10月 07月 05月 04月 03月 01月
2014年
12月 10月 06月 05月 04月 01月
2013年
09月 07月 06月 04月 01月
2012年
09月
1999年
07月 04月 01月
1998年
10月 07月 04月 01月
1997年
10月 07月 04月 01月
1996年
10月 07月 04月 01月
1995年
10月 07月 04月 01月
1994年
10月 07月 04月 01月
1993年
10月 07月 04月 01月
1992年
10月 07月 04月 01月
1991年
10月 08月 03月
1990年
12月 10月 07月

タグクラウド

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。